◆読売新聞『時代の証言者〜水原監督から精神教育〜』(張本勲)に「『おまえの気持ちはわかる。でも、監督というのは守備についてから、勘が働くものなんだ。走者がたまり、そっちへ打球が行くんじゃないかと。これが勝負師の勘だ。おまえが将来、監督になったら、必ずわかる時が来る』 私は、納得しました。それからは変えられても何も文句は言いませんでした」という箇所がある。
おもしろかった。
何がおもしろいのか、アトランダムに箇条書きする。
(1)わたし(=小高)は、学校経営者として、方針&対応策、あるいは、戦略&戦術に、ブレないタイプだ。
ブレのないことを自慢にしている^^;。
ま、これは、つまり、結局、畢竟「頑迷(=考え方に柔軟性がないこと)」の裏返しでもあるけれども……^^;。
しかし、ブレないことを誇りにするがゆえに、あるいは、「ブレる」と言われることを恐れるがゆえに、ほんとうは、やりながら、あれこれと(ブレながら)戦術を検討していけばいいようなときでも、はじめにポンと、なかば「賭け」に近いかたちで、決断することがある。
この「決断」の直前の自分がイヤだし、すごく苦しい。
自己嫌悪と苦しみ、これに対して、この記事は「ブレてなにが悪いんだ。このブレこそ、勝負師の勘なのだ」と言っている(^_^)v。
(2)「わたしはブレはない」と言っておきながら、こんなことをいうのも変な話だが、最近、わたしがブレた例を1つ挙げる。
私立高校入試の引率計画。
3学年主任から引率計画が提案され、わたしはいったんは「よし、これでいきましょう!!」と決裁している。
そののち、「なにか他校間の生徒指導上のトラブルがあったときは、(生徒指導主任が3学年配属のため、引率者になっているので)生徒指導主任に引率代行者を派遣して、生徒指導主任を学校に戻すという指示を出している。
この指示は、いつも出している指示だから、指示内容に問題があるとは思わないが、この観点から生徒指導主任の引率校を再確認すると、引率校と本校の距離があるすぎる。
ということで、3学年主任に計画の変更を指示している。
これがブレだ……といっているのではない。
これはミスだ。
ブレは次の内容だ。
なら、初めから生徒指導主任を引率者にしないで、代行者に想定している教員を引率者にすればいいではないか?
これがむずかしい。
3学年所属の生徒指導主任か?
他学年の引率者か?
もちろん、3学年教員だけでは不足するという場合は、他学年から応援するのだけれども、今回は足りている。
さあ、どうするか?
ま、今回は、ブレといわれようとなんといわれようと、経営者としての「勘」で判断していこうと思っている!(^^)!。
アトランダムの箇条書きは、この他、(3)学校経営で、むずかしいなぁ〜と感じる局面(民間校長というのは、中学生が路上でダンプカーを運転するようなもんだ) (4)学校経営って、ま、それほどむずかしいことでもないよ〜という局面(凡事徹底)……と、つづくが、また機会があったら、アップしたい(^^;)。(←あたりさわりのある箇所は、いつも「また機会があったら」で、スンマヘン、スンマヘン)
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