◆9/15(敬老の日)、9/16・17(振替休日)。
ひさしぶりの休日だったので、精神的な作業はすべてやめて、外側の光に魂をさらす……たとえば、3日間連続、はなむけ号(折りたたみ自転車)で、あちこち、起伏ある道、平坦な道を走り抜けるとか、JR八戸線や十和田電鉄などローカル線の旅に出るとか、温泉めぐりとか……、いろいろ考えをめぐらしていたのだが、結局、「魂を外側に」の反対、「魂の内側」に沈潜することにした。
理由は2つある。
1つは、2学期がはじまってからの勤務で疲れ果ててしまったからだ。
なぜ、こんなに疲れたのか?
なにが原因なのか?
もちろん、こんなことを取り立てて追究しようとは思わないが、こうつぶやきたくもなるくらいに疲れた。
このうえ「3日間連続、はなむけ号」というようなことをやったら、9/18からは勤務不能になってしまうよぉ〜という理由。
もう1つは、時間をとって少し考え抜き、一定の結論を出したい事項があったからだ。
それは、決して、魂の内側へ、内側へ……と深く沈み込んでの作業ではなく、ちょっと内側に入ったあたりの、外側の光がクラクラと透けてみえるくらいのポイントで、今後の「進路」「活路」を検討したかったのだ。
ま、いわは、かなり現実的な「沈潜」。
この3日間の沈潜結果については、また後日、触れることにする。
ちなみに、今回の「沈潜」で、わたしの古書店とわたしの精神の関係において、ひとつ、おもしろいことに気づいた。
ずっと以前に、「書棚の書物の配置」=「自分の精神構造」と書いたことがある。
書棚の書物の配置は、「文学」「教育学」「国語」「自分の作品」等……と、一応はジャンル別分類になっているのだが、未整備で、わたしの高校時代、大学時代前半、大学時代後半、教師スタート期……と、わたしの年代順になっている場所がある。
くりかえしになるが、今回の「沈潜」は、魂のちょっと内側に入ったあたり、外側が透けてみえるくらいのポイントだったのだけれども、魂の内側に沿って深く深く沈潜したいとき、この年代別書架というのも、ひとつの道しるべになって、いいかもしれない(~o~)……と、ふと思ったのだ。
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