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小高進 (大阪市生野区出身)
八戸市立白銀南中学校校長
学社連携・融合コーディネーター
〈専門分野〉
教育学(社会教育)
国語教育
〈経歴〉
八戸市立第一中学校教諭、八戸市立根岸小学校教諭、八戸市立根城中学校教諭、八戸市立白銀中学校教諭、八戸市立大館中学校教諭、八戸市立鮫中学校教頭、八戸市立是川中学校校長、八戸市教育委員会社会教育課長を経て、現在に至る。
〈趣味〉
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『幻化』化が、今のわしの課題かな?
[2010年07月28日(水) ]
10.07.28
『幻化』化が、今のわしの課題かな? 足もとから、少し離れた高い視点から全体を見ながら
異人に近づくと、自分の体は衰弱し、死に近づく
(ノ
▲・・
。)
◆しばらくぶりに『時代屋の女房』が読みたいと思う。
わたしは、『時代屋の女房』のような、田舎の大工さん風の(←田舎の大工さんm(_ _)m)文体が、(ま、自分では書きたいと思わないし、また書けもしないが)結構、好きだ。
この『時代屋の女房』の文体が、自分の魂に作用して、書架から『時代屋の女房』を取り出させ、中味を読むように促したのだ。
と同時に、読後、それとは別種の何らかの行動を自分に促している……というふうに感じた。
ま、結果的には実際にページを開くということはなかったし、それとは別種の、他に促された行動の中味を突き詰めるところにも至らなかった。
(いつかも書いたように、この「突き詰める」力が劣化している。ただ、今は、突き詰められないが、こうしてメモしておくと、あとから、なにかがわかる可能性がある(^_-)。)
◆けさ、いつものように、やや不眠感覚が残ったまま起床し、再び、神経痛(今度は腹部の上部ではなく、完全に肋骨エリア内)が起こり始めていることを発見。
ショック。
再びバファリン服用。
その後、あまり乗り気でない某原稿のしめきりが迫っているので取りかかる。
でも、書いているうちに、元気になる(*^_^*)。
◆神経痛の再勃発を恐れたり、何か次の行動を促されているのに、それがなんであるかがわからなかったり、あるいは、イヤイヤ原稿に取りかかったが、書いているうちに元気になったり……というような不安定な状態も、悪くはない。
こういう状態で、音楽家がピアノを弾くように、マラソン選手が走り込むように連日、文字を書きつづけるのも、いい。
◆この感覚は、わたしの好きな映画『異人たちとの夏』の、異人(幽霊)に近づくと、それだけ自分の体は衰弱し、死に近づく……という文脈の「衰弱」感覚に近いのかもしれない。
おお、巨大ひまわり。
近づく河口。
ひろがる太平洋の海。
屋体崩し。
時代屋の女房。
神経痛。
異人。
◆川上未映子が自身のHPでアホなケンカをしている。
津原泰水に「川上氏は尾崎翠の字も存在も知らなくて、おしえてあげた」と書かれたことに、カチンときたのだろう。
「(津原に)はじめてお会いしたのは正確には2006/04のことで」……「わたしは尾崎翠についてはこのブログの2005/03の日記にアップしていますし」と反論。
◆知らんフリして、ほうっておいたらたらええねん。
アホなケンカはやめとけ、やめとけ。
ウチの家は、中学まで、ホンマ、本のない家でしてんわ、アハハハハハぁ〜と、口を開いて笑っとったらええのに(*^_^*)。
あんた、ただでさえ、オバハンぽいのに、こんな反論してたら、ますます、オバハンぽくなりまっせ。
もう、これ以上、失望させんといてや。
◆冒頭、『時代屋の女房』のような、非文学的、田舎の大工さん風の文体が好きだと書いたが、『幻化』の文体も好きだ。
同じ好きでも、好きさの中味は違う。
『時代屋の女房』のほうは、1歩1歩、足もとを懐中電灯で照らしながら、手さぐりで、前進。
『幻化』のほうは、足もとは見ない。
足もとから、少し離れた高い視点(決して高い、高い視点というわけではない)から全体(といっても、そんなに広い広いエリアではない)を見ながら、粗く、前進。
『幻化』化が、今のわしの課題かな?
★画像=夏のこころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社の森の草花。RICOH・CX3
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ハリというより、キリの痛みだ
[2010年07月24日(土) ]
10.07.23
ハリというより、キリの痛みだ(>_<)
痛みを感じるか感じないかの危険範囲
(ノ
▲・・
。)
◆昨日の午前3時からはじまり、超24時間、肋骨の左下のポイント=腹部左上ポイントの神経痛で苦しんでいる。
ハリで刺すような……という表現がある。
わたしは、今のところ、人を刺したことも、人に刺されたこともないが、ハリというより、キリの痛みだ(>_<)。
痛みのたびに、グッと、あるいは、ググッとのけぞってしまう。
ま、ただし、帯状疱疹(10年くらい前に経験)の、椅子から転げ落ちるほどの痛みではない。
◆昨日、朝、昼、そして、寝る前にバファリン服用。
もう、痛みは去ったのでは?と思ったが、午前1時過ぎ、痛みで目が覚める。
寝ながら身体の向きを調節して、痛みを散らそうとしたが、午前2時半、遂にガマンできず起床。
(胃保護のため)牛乳を飲みカステラを食べ、またまたバファリン服用。
今、(これを打ち込んでいるとき)ちょうど、バファリンが、ようやく、ようやく効いてきたようだ。
ま、ただ、それだけの話^^;。
午前6時頃までは、「痛み」を感じるか、感じないかの危険範囲にあったが、今は、薬が十分に効いて、「痛み」から距離があるようだ。
いつ、その距離が消滅するか?
★画像=夏のこころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社の森の草花。
暑いし、いつ神経痛が、危険範囲に突入するか不安だったので^^;、そろそろ歩く。
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千早神社への道なのか? 光太郎山荘への道なのか?
[2010年07月24日(土) ]
10.07.23
その野の道は、招魂社への道なのか? 千早神社への道なのか? 光太郎山荘への道なのか?
わたしの夏の迷走を縁取ってくれる巨大ひまわり
◆わたしは、自分の夏を3つにわけている。
(1)
6/1〜6/20「わが水無月のなどかくはうつくしき」期間
(2)
6/21〜7/21「自刃・江藤淳弔い」期間
(3)
7/22〜8/31 (江藤淳氏以降)
それぞれについて語れば長くなるので^^;、90%を省略し^^;、10%だけ語る^^;。
(1)
の「わが水無月の」は、伊東静雄の詩「水中花」の冒頭〈すべてのものは吾にむかひて/死ねといふ、/わが水無月のなどかくはうつくしき〉からの引用だ。
すべての基準は死である。
死が予感されることによって、時は止まる。
そして、極限としての現在と対面する。
ま、死の刃を感じながら生きる期間といっていい。
(2)
は、これまで、このブログで、何度も述べているので、100%、省略。
(3)
この期間は、「○○への道」期間……としたいのだが、まだ、煮詰まっていない。
イメージとしては、勤務を終えた、(1)&(2)期間を経た、わたしが、背広を脱ぎ、片方の肩にかけ、もう一方の手で汗を拭き拭き、野の道を歩いている。
その野の道は……招魂社への道なのか?
千早神社への道なのか?
光太郎山荘への道なのか?
信貴山の柿本家近くの、王寺の町が見渡せる展望台への道なのか?
これらが、こんがらがって、まだぼんやりしている。
★画像は、6月に完成した、玄関ホールの巨大ひまわり。
すこやかみなみネット・環境サポータークラブの金見さんと総合文化部員たちの力作だ。
このひまわりが、ひと夏、(1)→(2)→(3)と迷走するわたしを、やさしく縁取ってくれる。
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会場はだれがセットするのですか?
[2010年07月22日(木) ]
10.07.22
すこやかみなみネットがめざす、究極のカタチ
◆先日、開いた、松ちゃん提案の「すこやかみなみネットの理念や力点&ことばの定義を再確認しよう」に関する協議について、きょうは、その2回目。
(2)すこやかみなみネットがめざす、究極のカタチ
学校支援地域本部事業やコミュニティスクール・地域運営学校、あるいは、放課後子ども教室推進事業等と、わたしたちの「すこやかみなみネット」との「違い」を鮮明にすることによって、わたしたちがめざす「究極のカタチ」を明らかにしたい。
◆学校支援地域本部事業等、今、わたしが例示した事業に共通するのは、学校を地域や家庭で支援する(学校は苦しそうだから、支援してやろう、応援してやろう)という発想がある。
たとえば「子どもの環境は、情報化、価値の多様化も含めてどんどん変化しており、学校はこれまで以上にさまざまな課題を抱えるようになっています。学校の負担を軽減するために、地域の力を借りて学校を支援していくことが求められています」(清水潔・文部科学省生涯学習政策局長)という言い回しだ。
◆しかし、はっきりいっておくが、わたしは「学校の負担を軽減するために、地域の力を借りて学校を支援」してもらおうと考えたことは、これまで1度もない。
現在の教育危機の元凶は、(学校が好むと好まざるとにかかわらず)学校が多くの荷を抱え込みすぎたことに(ま、わたし流にいえば)「学校の教育丸抱え体制」、あるいは「学校の教育独占体制」にあると考えている。
だから、(ここが大切……)学校が抱えている荷をそのままにして、「たいへんでしょう。だから、支援してさしあげましょう」という、いわば「そのまま、ずっと抱え込んでいろ」的な発想では、事態の好転は、ほとんど期待できない。
◆学校が抱えている荷のなかで、家庭が引き受けるべきは家庭に、地域が引き受けるべきは地域に……と、適切に分担(この「分担」も「連携」の一形態)することにより、学校の本来の教育活動が充実する。
同時に、分担することにより家庭も生き返る。
地域も生き返る。
すこやかみなみネットは、学校・家庭・地域、それぞれの教育のバランスが取れ、それぞれの教育が充実する状態、このことを目指した、学校・家庭・地域の連携・融合・協働であり、ネットワークづくりである……という発想だ。
◆だから、「もう一度地域の人が結集するシンボルとしての学校を見直そう」(清水潔・文部科学省生涯学習政策局長)とか、「……さまざまなネットワーク活動を意図的に立ち上げて社会のつながりをつけ直すことが必要だと思う。そのためのひとつの有効な方法として、いい学校をみなで作ろうということを目指した、学校を拠点とした地域と学校の連携を深めるネットワーク活動がある」(金子郁容氏)という思想とは、(「絶対に」とまではいわないが、それに近いくらい)あいいれないものがある。
◆くどくなるけれども、くり返す。
すこやかみなみネットでは、学校の荷はそのままに……という連携や、学校を拠点にした連携という発想はとらない。
学校・家庭・地域、それぞれの教育のバランスがよい状態を追い求めている。
これが、究極のカタチだ。
学校・家庭・地域のバランスがよくなれば日本の教育はまだまだよくなる。
日本の学校には力がある。
家庭もそうだ。
地域もそうだ。
ただ、今、バランスが悪いだけなのだ。
バランスがよくなれば、日本はまだまだ大丈夫だ。
逆にバランスが悪いままだと、なにをやってもなかなか効果はあがらない。
バランスをよくするための連携事業、ネットワーク活動が大切だ。
◆わかりやすくいえば、すこやかみなみネットは「バランス主義」、そうでないのは「学校中心あるいは学校拠点主義」。
この区別はきちんとつける必要がある。
区別をつけておかないと、まず、まちがいなく、道を誤る、落とし穴に落ちる。
今、やっている連携事業が、バランスをよくすることに結びついているかどうかを絶えず点検する必要がある。
◆ちなみに、(これは後の項目で詳しく述べる内容だが)「学校中心主義」かどうかを、見分けるための簡単な方法がある。
そのネットワークの中核になっているエネルギーがどこにあるかを点検すればいいのだ。
わたしは、いろいろな連携事業を取材するとき、必ず、まず「会議の招集はだれが決めるのですか?」「だれが連絡をとるのですか?」「会場はだれがセットするのですか?」「このプリントはだれが作ったのですか?」「会計はだれがやっているのですか?」等とたずねる。
あるいは、「実施要項」とか「会則」とかの「事務局」の項目をみる。
「事務局には、事務局長を置き、教頭をもってこれに充てる」というようなことが書いてある場合は、最悪のパターンとまではいわないが、ま、あまり期待できない。
◆話は少しそれるが、日本の社会教育の失敗も、これに似ている。
戦後、たくさんの社会教育団体が発足した。
そのとき、事務局に役所の職員を充てた例が、(どのくらいだろう? 相当)あるのではないか。
わたしは、これがまずかったと思っている。
いつも歴史はくり返している。
よほど気をつけなければ……。
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大阪のおっさんの夢に対する報告
[2010年07月22日(木) ]
10.07.22
大阪のおっさんの夢に対する報告
「南海ホークスが大阪に帰って来ることを夢見て」いるおっさんへ
★おっさん、暑いですね。
こちらも、床に汗がポタポタと落ちるくらいの暑さで、わたしも、おっさんと同じように、1日に何回も冷水タオルで身体を拭き拭き(今も拭き拭き、キーボードをたたいています)……「鳩山前首相の軽井沢別荘かぁ〜」「ええなぁ〜」とか、ブツブツつぶやきながら、なんとか生きています。
昨夜、ソフトバンクvs.ライオンズ(15回戦・ヤフードーム)の試合を、初めから終わりまでTV観戦。
子どもの頃からのプロ野球ファンですが、最近、1試合完全視聴というのは、めずらしいことです^^;。
なお、ファンとしてのエネルギー配分は、大阪バファローズ45%(←もう、消滅しましたけど、いつかきっと大阪に帰ってくると思っています)、ライオンズ40%、楽天5%、Bs5%、ロッテ5%。
★ヤフードームは、「燃えんといかんばい! 鷹の祭典2010」〈「鷹の祭典専用ユニフォーム」が3日間とも入場者全員に(チケット1枚につきユニフォーム1枚)付いてくる!……〉ということで、球場全体が真っ赤。
はじめ、空席だらけで赤いシートが、さびしく、みっともなく露出しているのかと思ったんですよ。
それが、よくみると、全体が、うごめいているぅ〜。
球場全体が真っ赤にうごめいているというのはスゴイ!というか……ちょっと恐怖、ちょっと不気味。
ライオンズファンは(ファン度40%のわたしでも)赤いユニフォームは(貰うにの貰っても)、ま、着ることはありませんから^^;、球場は、ほぼソフトファンで埋まっていることになります。
★この光景(真っ赤状態)を見ていて、「南海ホークスが大阪に帰って来ることを夢見て」いる、わが畏友・おっさんの夢は、絶対にかなえられヘンと確信しましたよ。
南海ホークスが大阪に帰るとなると、この赤いTシャツ軍団もいっしょにくっついてくるわけやから、それはなんぼなんでもムリというもんでんなぁ〜(ノ△・。)。
もちろん、画面には映りませんが、ライオンズファンもいるらしく、スピーカー隅から一塊、ふりしぼるような声援が聞こえていました。
★試合は序盤凡戦。
しかし、しかし、中盤からはソフトバンク=摂津、ファルケンボーグ、馬原、ライオンズ=岡本篤、小野寺、長田、シコースキー、藤田の緊迫した投手戦。
残念ながら、TV画面の前で寝っ転がっていたわたしが「引き分けかな?」と気持ちをゆるめた瞬間、ペタジーニのさよならホームラン。
わしが悪かった(ノ△・。)と、猛省しています。
以上、「おっさんの夢」に対する、わたしの報告でした。
★画像は、夏のこころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社の森の草花。RICOH・CX3
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知の執念が欠落してますわ
[2010年07月20日(火) ]
10.07.20
コーヒーはマンデリン。ただし、浅煎りに限る
橋蔵平次は昼食に天丼しか食べなかった
◆わたしのコーヒー豆は、いつの頃からか、マンデリンに決まってしまった。
わたしの場合、なんでも、こういう傾向にある。
たとえば、週2回の休肝日はお好み焼きと天然水に限るとか、音楽はクラッシック・ジャズしか聴かないとか、(そういえば橋蔵平次は、昼食に天丼しか食べなかったそうだが……)選択の範囲を極端に狭めてしまうところがある。
キリマンジャロ、モカ、ブルーマウンテン、コロンビア、その他、各社のブレンド豆、会社用コーヒー……と何でも飲んでいたが、あるとき、マンデリンの浅煎りに出会い、コロン。
一口飲んだ瞬間、魂のうちに滞っていた精神の層が、ボロボロと剥がれ落ち、一気に新しい世界が広がった。
◆パートナーも、わたしの影響を受け、いつの間にか、マンデリン派になった。
が、わたしの浅煎りと違い、パートナーのは、深煎り、マンデリン・フレンチ。
油がにじみ出ているのか、豆の色が黒光りしている。
焙煎の度合いで、味がガラリと変わる。
そのフレンチというのも、1、2度、飲んでみたが、マンデリン浅煎りショックのような衝撃はない。
知の執念が欠落してますわ(ノ
▲・・
。)
◆わたしは、自身の精神の好不調を、自分が書く文字の量で計測している。
うまい、へたは、いっさい、関係ない(^_-)。
音楽好きがピアノを弾くように、ジョギング好きが野や街を走るように、毎日、文字を書きつづけていると、わたしは、しあわせなのだ。
好調だと、1ヵ月間に、60000字以上(〈一太郎ツール〉→〈文書の文字数〉でチェック)
不調期に入ると、これが、ガクッと減る。
今、こんなことを書き出すのは(*^_^*)、ああ、ひょっとしたら、今、不調期かもしれない? いや、こうして気づいたときが、もう既に不調期の、ど真ん中……かもしれないと、疑ったからだ。
さっそく、今月の文書量を、〈一太郎ツール〉→〈文書の文字数〉でチェックしてみると、なんと、24484字。
絶不調期の量だ。
60000字を越えようとすると、あと10日で35516字。
毎日、3600字、原稿用紙にして8枚以上、書きつづけなければいけない計算になる。
知の体力が劣化している結果だろう。
というか、知の執念が欠落しているということだろう。
★画像=夏のこころはろばろ/スラバヤ沖/バタヴィアの沖/神社の森の草花。
神社への道は、3つある。
いちばんのお気に入りが、裏山を登っていくコースなのだが、6月の下旬からは、ほとんど草木で埋もれてしまった。
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種子のせりだしたヒマワリのように
[2010年07月20日(火) ]
10.07.20
江藤淳弔い期間(6/21〜7/21)も、終わりが近づく
種子のせりだしたヒマワリ(ノ
▲・
。)
◆7/13、県教委への出張の帰路、国道沿いにある道の駅「奥入瀬ロマンパーク」のログ・ハウスが、わたしの視野に入ってきたとき、以前、ここで乱氏と食事をしたことを思い出した。
十和田湖一周ウォークの帰りだった。
数日前に自刃した江藤淳を弔うために、イヤがる乱氏をムリムリ誘って参加したのだ。
十和田湖一周ウォークのラスト10キロは激しい雨に打たれた。
まさに雨中激闘という感じで、涙の弔いウォークになった。
奥入瀬ロマンパークで一息つき、雨に濡れた身体をかわかした。
わたしはピルスナーを注文し、乱氏はメロンソーダを飲み、パスタを食べた。
思いだしているうちに、悲哀に近い感情で、胸がいっぱいになった。
何がこみあげているのか?
正確にはわからないし、わかろうとも思わないが、江藤淳との別れが悲しいのか?
いや、その数ヵ月後の乱氏との別れが悲しいのか?
あるいは、その乱氏との奇跡の再会、しかし、再び、別れ、その別れが悲しいのか?
◆あれから11年。
江藤淳は死んだが、わたしは生きてきた。
乱氏も、きっと、どこかで生きているはずだ……。
世の中がまちがっているとか、政治や経済がどうしたということは、あまり考えていない。
世の中はまちがっているかもしれないし、政治や経済もむずかしいにちがいない。
でも、まあ、今、それはいい。
それを言い出せばキリがないから、いったん、脇に置いておくことにしよう。
とうに死んでいたはずのわたしが、パートナーと犬一匹と(……といいかけ、犬は既に4年前に死んでいることを思い出す)……猫の額のような住居ながら、自分の酒を飲んで、種子のせりだしたヒマワリのように、最後の光輝に向かって、ブツブツと生きている。
今年の江藤淳弔い期間(6/21〜7/21)も、終わりが近づいてきた。
◆話は変わって、わたしの今の精神状態。
「奥入瀬ロマンパーク」の食事の場面で、乱氏との会話を挿入したかったが、どうやっていいのかわからなかった。
会話の記述の修業がまったく出来ていない。
会話をしている場=時空間に、ふいに一瞬、漂う「感じ」&「感情」を定着させる修業。
あるいは「感じ」&「感情」以前の、微弱な微弱な電流を、文字と文字の組み合わせで表現していく修業。
当分、会話を「○○○」のカッコ式ではなく、地の文の句読点間に埋め込む方式でやってみようかと考えている。
もうひとつ。
「映画作りは、人生と似ている。困難、混乱がいっぱいあり、心のよりどころを求める……それは形あるものではなく、目に見えない何か……風や光、誰かの思い。そこに心の支えをみつけることで1人で生きていける(それが人生、それが映画作り)」
これは、河瀬直美氏の過去の会見から抜粋。
こういう「風」や「光」をキャッチする修業もしたいなぁ〜。
★画像=南部縦貫鉄道・レールとおそぼう2010。
南部縦貫鉄道は昭和37年開業以来、平成9年に休止するまで35年間、雨の日も、雪の日も走りつづけた。
経営的には、おそらく千辛万苦の35年間だったことだろう。
その千辛万苦のなかの「喜び」が、パチリととらえることができれば……と思って、シャッターを切った。
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歯医者さんの診察台
[2010年07月18日(日) ]
10.07.18
グッと目の距離をとり、肘掛け椅子全体を眺めたら、歯医者さんの診察台のように見えるのではないかと心配に
「露出・教育書コーナー」
◆5月から6月にかけての、古書店DAKA本体の解体作業の経緯は、これまでブログ等で報告してきた通りだ。
画像は、現在の古書店DAKAの玄関。
この「教育書コーナー」は、元は古書店DAKA本体の内部にあった。
解体にともない、こうして、ガラリと玄関開けると、すぐの場所に露出することになった。
◆ この「教育書コーナー」のほか、(自慢の^^;)堀辰雄&江藤淳コーナーは、ドアを2枚隔てた15メートル先の空間に、太宰治は、ドアを1枚隔てた8メートル先の空間に移動した。
また、書架の最上部に増設した書棚や、書架と書架のあいだのスキマ書棚等は、ぜんぶ、屋根裏部屋に移動した。
◆残ったのは「ポツンとイス1脚」というくらい、徹底して解体した。
わたしは、よく「書棚の書物の配置&配列=自分の精神構造」と言ってきたのだが、今回の大解体は、これからのわたしの思考に、どんな影響を与えるのだろうか?
なお、露出された、ある意味で過酷な場所(玄関)に、どのコーナーを移動させるかについては、逡巡していることをだれにも気取られないようにして^^;、結構、悩み、結論として、ま、生きざまの象徴として^^;、「教育コーナー」とした。
「未来を封印」
◆「人間の『生きられる時間』において、過去よりも未来が根源的であり、未来への方向づけこそがわれわれの生の本質をなす」という主張がある。
これをもじって、わたしは「現在よりも過去が根源的であり、過去からの方向付けこそが、わたしの生の本質をなす」(*^_^*)と。
未来は既に封印している。
ま、これが、ここ、数年、言いつづけている「前進しない宣言」やね(^_^)v。
◆関連して、わたしは、常々(もう、かれこれ10年。人生、七難八苦、千辛万苦のなかで)、「ホームページは、自分の、現時点における『存在の仕方そのもの』である」と言いつづけている。
これらを重ね合わせると、「過去」あるいは「過去の蓄積」が「現在」であり、「過去の蓄積」の編集=ホームページ=現在のわたし……となるわけだ^^;。
けさ目覚めてから、朝食も取らないで、この「過去の編集=ホームページ」のことを、ずっと考えている。
◆生臭く、より感情に即していうと、廃墟寸前の古書店でも、店のつくりかたによって、ガラリと変身し、大人気のスポットになる!(^^)!……HPも同じではなかい^^;……というようなことを、朝から大まじめに考えている^^;。
過去の柱は、粗く3本。
(1)教育
(2)文学(含・生活スタイル)
(3)人々との交流(含・メール&カキコミ)
◆この過去(「教育」「文学」「交流」)をどう編集=構成=組み立てるか?
やや戦略的にいうと、どう仕掛けるか? どう仕組むか?
「仕掛ける」「仕組む」というと、もう、ドンドン、生臭くなって、ま、どんなに封印する、するといっても、やはり「未来」が顔を出してしまいまんなぁ〜。
ホンネが出てまんなぁ〜
アハハハハハァ〜(*^_^*)
◆3つの柱(「教育」「文学」「交流」)が作用し合って、別種の世界が創出される。
創出されるとすれば、この「別種の世界」が「現在」なのか?
いや、その前段階の、相互に作用し合っている場が「現在」なのか?
もし、そうだとすると、「別種の世界」が「未来」ということなのか?
ま、この点は、今、ゴチャゴチャとしゃべっていても仕方がない。
まず、「編集」してみることだ。
◆今のところ、3つの柱の併置では芸がなさすぎると思っている。
併置では、永遠(←ああ、こんなふうに不意に「未来」が顔を出す……)に「作用し合って別種の世界が創出される」というようなことは期待できない。
どれか1つを壁紙(背景)にしてやろうと考えている。
壁紙の候補は、もちろん「教育」だ。
「歯医者さんの診察台」
★いつも、木製、折りたたみ式の、ハンモック風、肘掛け椅子に身を沈めて読書している。
このとき、結構、めんどうなのが、肘掛け椅子と書見台や照明の位置関係だ。
これまで書見台と照明を支える万力状の金具(←今、ネット検索で調べたら「クランプ式」)を、近くのテーブルとか家具とかに取り付けていた。
そのため肘掛け椅子の置き場所が限定されていた。
★けさ、ふと、書見台のクランプと照明のクランプを、肘掛け椅子の肘掛け部分の、左右に取り付ければいいのでは……と気づく。
即、試してみたら、これが実に快適(^_^)v。
読んでいるうちに眠り込み、再び目覚め、眠り、目覚め……もう何時間でも読みつづけられる感じだ。
コンセントの届く範囲だと、どこにでも移動できる。
ただし、読書の目線ではなく、グッと目の距離をとり、肘掛け椅子全体を眺めたら、歯医者さんの診察台のように見えるのではないかと心配になり、実際に離れた確かめてみたら、予想が的中^^;。
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現在よりも過去が根源的であり
[2010年07月18日(日) ]
10.07.18
現在よりも過去が根源的であり、過去からの方向付けこそが、わたしの生の本質をなす」(*^_^*)と
◆「人間の『生きられる時間』において、過去よりも未来が根源的であり、未来への方向づけこそがわれわれの生の本質をなす」という主張がある。
これをもじって、わたしは「現在よりも過去が根源的であり、過去からの方向付けこそが、わたしの生の本質をなす」(*^_^*)と。
未来は既に封印している。
ま、これが、ここ、数年、言いつづけている「前進しない宣言」やね(^_^)v。
◆関連して、わたしは、常々(もう、かれこれ10年。人生、七難八苦、千辛万苦のなかで)、「ホームページは、自分の、現時点における『存在の仕方そのもの』である」と言いつづけている。
これを、上記と重ね合わせると、「過去」あるいは「過去の蓄積」が「現在」であり、「過去の蓄積」の編集=ホームページ=現在のわたし……となるわけだ^^;。
けさ目覚めてから、朝食も取らないで、この「過去の編集=ホームページ」のことを、ずっと考えている。
◆生臭く、より感情に即していうと、廃墟寸前の古書店でも、店のつくりかたによって、ガラリと変身し、大人気のスポットになる!(^^)!……HPも同じではなかい^^;……というようなことを、朝から大まじめに考えている^^;。
過去の柱は、粗く3本。
(1)教育
(2)文学(含・生活スタイル)
(3)人々との交流(含・メール&カキコミ)
◆この過去(「教育」「文学」「交流」)をどう編集=構成=組み立てるか?
やや戦略的にいうと、どう仕掛けるか? どう仕組むか?
「仕掛ける」「仕組む」というと、もう、ドンドン、生臭くなって、ま、どんなに封印する、するといっても、やはり「未来」が顔を出してしまいまんなぁ〜。
ホンネが出てまんなぁ〜
アハハハハハァ〜(*^_^*)
◆3つの柱(「教育」「文学」「交流」)が作用し合って、別種の世界が創出される。
創出されるとすれば、この「別種の世界」が「現在」なのか?
いや、その前段階の、相互に作用し合っている場が「現在」なのか?
もし、そうだとすると、「別種の世界」が「未来」ということなのか?
ま、この点は、今、ゴチャゴチャとしゃべっていても仕方がない。
まず、「編集」してみることだ。
◆今のところ、3つの柱の併置では芸がなさすぎると思っている。
併置では、永遠(←ああ、こんなふうに不意に「未来」が顔を出す……)に「作用し合って別種の世界が創出される」というようなことは期待できない。
どれか1つを壁紙(背景)にしてやろうと考えている。
壁紙の候補は、もちろん「教育」だ。
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「教育書コーナー」はもっとも過酷な場所に
[2010年07月18日(日) ]
10.07.18
教育書コーナーをもっとも過酷な場所に
◆5月から6月にかけての、古書店DAKA本体の解体作業の経緯は、これまでブログ等で報告してきた通りだ。
画像は、現在の古書店DAKAの玄関。
この「教育書コーナー」は、元は古書店DAKA本体の内部にあった。
解体にともない、こうして、ガラリと玄関開けると、すぐの場所に露出することになった。
◆ この「教育書コーナー」のほか、(自慢の^^;)堀辰雄&江藤淳コーナーは、ドアを2枚隔てた15メートル先の空間に、太宰治は、ドアを1枚隔てた8メートル先の空間に移動した。
また、書架の最上部に増設した書棚や、書架と書架のあいだのスキマ書棚等は、ぜんぶ、屋根裏部屋に移動した。
◆残ったのは「ポツンとイス1脚」というくらい、徹底して解体した。
わたしは、よく「書棚の書物の配置&配列=自分の精神構造」と言ってきたのだが、今回の大解体は、これからのわたしの思考に、どんな影響を与えるのだろうか?
なお、露出された、ある意味で過酷な場所(玄関)に、どのコーナーを移動させるかについては、逡巡していることをだれにも気取られないようにして^^;、結構、悩み、結論として、ま、生きざまの象徴として^^;、「教育コーナー」とした。
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