LDやADHD,特別支援教育の話題を取り上げ,毎月5日に更新しています。ときどき私,カズ先生のエッセイや教育論なども載せています。

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プロフィール

上野 一彦

1943年生れ,東京都出身。東京大学大学院修了後,東京大学助手,東京学芸大学講師、助教授、1990年より教授、2009年退職。東京学芸大学名誉教授。現在、大学入試センター特任教授。早くからLD教育の必要性を主張。その支援教育を実践するとともに啓発活動を行い,1990年全国LD親の会,1992年日本LD学会設立に携わる。ITPA,WISC−V,LDI-R(LD判断のための調査票),PVT-Rなどの尺度開発。文部科学省「学習障害児の指導方法に関する調査研究」「21世紀の特殊教育の在り方に関する調査研究」「特別支援教育の在り方に関する調査研究」の協力者会議委員,文科省初中局視学委員,東京都「心身障害教育改善検討委員会」委員長等を務める。1994年より日本LD学会会長、2009年同法人化に伴い一般社団法人日本LD学会理事長。一般財団法人特別支援教育士資格認定協会副理事長。財団法人日本英語検定協会理事等。
著書に「LDとADHD(講談社)」 「LDとディスレクシア(講談社)」「LD教授(パパ)の贈り物(講談社)」「LDを活かして生きよう(ぶどう社)」など多数。学校心理士,特別支援教育士SV,文部科学省小中局視学委員,東京都特別支援教育心理士等。

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別れ −美佳子さんに捧ぐ− [2009年11月04日(水) ]
人生には様々な別れがある。
つらいのは親しいものとの死による別れであろう。
3年前の母との別れは数年間に及ぶ認知症とのつき合いでもあったせいか、肉体は母であっても、そこにある母はすでに母ではなかった。
最後まで私の顔だけは忘れなかったのだが、ついにその日が来た時、一過性のものだとどれ程思いたかったことか。しかし母の心は二度と戻らなかった。やがて時間がその別れの準備をすっかり整え、やがて現実の別れの日を迎えた。
亡くなって半年もたったある冬の暖かい日、突き抜ける青空を見あげたとき、突然、「母はもういないのだな」と圧倒する深い悲しみに包まれた。

今、私はおおきな喪失感のなかにある。
私が心から信頼しきっていた、大事な愛娘にも等しい教え子をとうとう病魔に奪われてしまった。
あんなに愛していた小学生と中学生の息子、そして学生時代から皆がうらやむ仲の夫を残してである。運命への覚悟を秘めつつ、君が家族に寄せた愛のおおきさを誰も量ることはできない。なぜあんなに温かく、やさしく、聡明で、誰からも好かれる君が、こんなに早く逝かなきゃならないんだ。

臨床現場にでてよい仕事をしていた君が、論文をまとめると再び大学院に戻ってきた。私の大学生活も終わりに近付いており、博士課程の最後の指導学生となった。
論文の全体像がやっと形になり始めた1年半前、君は突然中断しなければならないという、悲痛な連絡をしてきた。誰もが、恐らく君自身が思いもしなかった病魔に襲われたこと、残された時間とエネルギーをその闘いと家族のために使わなければならないことを。
それからの君は冷静に敢然と病魔と立ちむかっていった。
その病気が発見されにくいこと、悪性度が高いこと、有効な治療法が確立されていないことから、21世紀に残された最後のがんと言われていることを見つめつつ。薬も副作用の強さから中止せざるを得なくなり、現時点ではなにも使える可能性のないなか、君は闘い続けた。
皮肉なことに、抗がん剤をやめてからは体調的にはずいぶん回復し、昨年秋の教育心理学会で発表もし、久しぶりに再会することができた。とびついてきた君がふんわりと軽かった気がしたのは私の思い過ごしだったのか。
周りに心配をかけまいと、君はいつも気丈にたち働いた。わずか3週間前、あなたの拠点でもあった大学で開催された第18回LD学会が君の最後の晴れ舞台だった。大会の人名索引を見ると、君はなんと5つもの役割を果たしている。ぼくだけでなく心配していた仲間の多くが、病魔はあなたに白旗を上げたのかと甘い期待をもち始めた矢先の突然の悲報だった。
亡くなる3日前の朝、「食事が摂れないので再入院している。点滴を受け、少し楽になったが、しばらく入院して様子をみることになりそうです。」とのメールが最後の連絡となった。

「先生、私は先生と出会えたこと、先生からとても多くのことを教えていただいたこと、本当に、本当に感謝しております。先生は私の学問や臨床の師であると共に人生の師であると思っております。そして今の私の状態も私自身は決して悲観はしていません。1つ1つの事実をしっかりと受け止め、治療もそして私自身の人生も前向きに取り組み、ていねいに生きていきたいと思っています。」
1年前、君が僕の退職に寄せてくれたメールを今読み返している。本当に残された短い時間を、君はていねいに、ていねいに、走りぬいたね。論文は未完だからこそ、僕は君をこれからもずっと指導し続けます。

最後に、ご主人と残されたお子達にお伝えしたい。美佳子さんは私たちにも常に限りなく温かく、やさしく、誠実で、ガンバリ屋さんだったことを。美佳子さんはこれからも皆の心の中でも生き続けていくことを。

彼女の素晴らしい人柄を偲びつつ、ただただ冥福を祈るばかりです。
Posted at 11:02 | エッセイ | この記事のURL

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カズ先生のスケジュール(7月8月) 火or水、木曜日は大学入試センターに特任教授として出勤 7月30日-8月1日天文台 8月2日TBS見学 8月3日WISC-W打ち合わせ/渋谷区管理職研修 8月4日モンテッソリー協会講演 8月5日千葉県子どもと親のサポートセンター講演 8月6日LD学会記念フォーラム(長久手)講演 8月7日DO-IT Japan(東大先端研) 8月8日JDDネット正副代表者会議 8月10日-17日海外(スペイン) 8月19日ITPA研修 8月20、21日LD親の会シンポ(札幌) 8月22、23日sens養成講座(大阪) 8月26日市川市妙典中学研修会 8月28日第2回日本語能力試験専門委員会 8月31日世田谷区小学校校内研修会
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