2009年12月26日の朝刊に「うつ病 薬頼み 再考論」という記事が出ていた。
10年で2倍 患者100万人
厚生労働省の発表によると、うつ病が大半を占める「気分障害」の患者数が初めて百万人を超えた。うつ病を「心の風邪」ととらえて完治を目指すと、治療は服用に偏り、長期化すれば薬漬けにもなりがちだ。そこで、患者らが集まって「完治ではなくて、うつ病と付き合っていこう」と発想の転換を図り、自身の病気へのかかわり方を見つめ直す試みが広がっている。
薬普及と患者増が比例

厚労省は今年初め、全国の病院や診療所を利用した患者の状況を調べる「患者調査」の結果を発表。3年に一度の全国調査だ。
この調査で気分障害の2008年患者数は百四万一千人で、初めて百万人を超えたことが分かった。気分障害にはうつ病、そううつ病、気分変調症などが含まれるが、ほとんどは、うつ病で、気分障害とうつ病の患者数はほほ同じという。
気分障害の患者数は、1996年には四十三万三千人、99年は四十四万一千人とほぼ横ばいだったが、2002年には七十一万一千人、05年には九十二万四千人に急増。この10年間では二倍以上に増えている。
その背景として、まず指摘されるのは長引く不況と、それによる雇用情勢の悪化だ。
昭和大医学部の岩波明准教授は「失業給付の期間が1年と短く、失職すれば社会的に救済されにくいわが国では、個人にとって雇用の重みが大きい。このため不況下の今、長時間労働を受け入れざるを得ず、働き過ぎてうつ病になる人が非常に多い」とみる。
横浜労災病院の江花昭一心療内科部長も「経済的な行き先不安や就職活動の失敗などから気分の落ち込みを訴え、来院する人が目立つ」と話す。
また、抗うつ薬の普及と患者増との関連を指摘する声もある。
患者調査で気分障害急増した分岐点は、99年から02年。96〜99年に1%以下だった年間増加率は、99年以降は10%を上回る勢いだ。
「なぜうつ病の人が増えたのか」の著書があるパナソニック健康保険組合の冨高辰一郎メンタルヘルス科部長は、99年に日本で選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が抗うつ薬として発売されたことを重視する。「精神疾患の休職者も99年ごろを境に急増した。この薬が導入されると、うつ病の患者や休職者が爆発的に増える減少は、英米仏など欧米先進国でも共通して起きている」と指摘。
「心の風邪」と啓発活動進む
日本で発売されているSSRIは現在、「ルボックス」「パキシル」「デプロメール」「ジェイゾロフト」の四種。
冨高氏は「発売とともに製薬会社を中心に、うつ病啓発活動が進められる」という。啓発活動は@うつ病は風邪のように誰でもかかるA適切な治療で治るB早期受診が必要−と呼び掛ける。病院で受診すると、服薬を勧められ、受診者は、うつ病患者に数えられる。休養を勧められると、休職者も増えていくという構図だ。
「病気と暮らす」考え方
だが、薬に過度に頼りがちな現状に疑問の声も出始めている。現在、抗うつ薬として広く使われているSSRIは脳内の神経伝達物質セロトニンの安定を図るとされる。
「誤解だらけのうつ治療」などうつ病に関する著作が多いジャーナリストの上野玲氏は、「セロトニンなどが不安定化して起きるという、うつ病の発病メカニズムは仮説にすぎない。抗うつ薬が効かないとは言わないが、『万能薬』ではなく、薬さえ飲めば治るものではない」と指摘する。
さらに「電子カルテに向かい、患者の顔も見ずに『薬を出しておきましょう』という医師もいる」と、投薬に偏りがちな現状を批判する。
現在のうつ病治療は服薬と休養が基本で、それで回復する患者も多い。日本では軽い症状の段階から薬が投与されるのが一般的だが、欧米では軽症者に対して薬を積極的には勧めていないという。
冨高氏は「軽症うつ病の人には、まず本人の話を聞き、休養を勧め、自己療養の仕方を説明し、不眠などがあれば少量の睡眠薬などで治療を始めるのがいい。精神的に健康度が高い人がストレスの重なりで、うつ病になった場合は無理のない生活に戻すだけで自然回復する確率は高い」と話す。
また、上野氏は「セロトニン仮説が本当だとしても、お金に困っているとか、職場でパワーハラスメントを受けるなどの環境要因が加わった時にうつ病を発症する。個人の生活環境を改善しなくてはならない」と、環境要因にも目を向ける必要性を説く。
こうした中、同氏は、患者が自らを見つめて、改善策に気付く場をつくる試みに取り組んでいる。「うつ病コミュニティ」を組織して秋田県と東京都、愛知県、京都府、大阪府で患者の会を開催。会は自由参加で月一度開き、自らのうつ病体験などを語り合う。
生活環境改善 患者同士学ぶ
今月5日には、松山市で初めて開催。20代から40代までの男女10人が参加し、「自分と同じ苦しみを抱える人に会い、孤独感から開放された」という安心感や、「ウォーキングで体力を回復している」対処法などについて語り合った。
仲間同士で話すことで、患者は共感や安心感を得るとともに、うつに向き合うヒントを見いだす。「医者と薬に頼るばかりでなく、他人や仕事との距離や生活の仕方を自ら変えようと気付いていく」と上野氏。「長期化や再発も多い。うつ病を心の風邪ととらえて回復を目指すより、うつ病と付き合い、暮らしていく考えが必要」と発想の転換を説く。
また、沖縄協同病院の蟻塚亮二心理内科部長は回復の方向性について「中には10年も、うつ病を抱える人や再発する人もいる。うつ病の回復に対する見解は精神科医の間でも分かれるか、症状をゼロにするのではなく、発病時と同じストレス状況に置かれても、対処できる能力を身に付けることではないか」と指摘。
「ストレス対処力を付けるには、かつての価値観と距離を置き、物事を違うものさしでみることが大事。今までと違う人生の軌道に乗り換えるのは患者自身であり、薬よりも患者が治療の主人公にならないと、うつ病は治らない」として提言する。「うつ病になって、いろいろ思い悩むのは一生懸命に生きている状態ともいえる。患者も周囲も肯定的にとらえて、うつ病と付き合ってほしい」