『教室ツーウェイ』(明治図書)2010年3月号より、長田百合子先生の記事。詳しくは本誌をお読みください。
長田先生は、一般社団法人・日本家庭教育再生機構・理事長。30年以上にわたり、問題を持たない子どもを対象に愛知県の各所に280軒以上の補習学習塾を開設。その一方で問題で苦しむ家庭まで自ら出向いて行き、2000組以上の親子の問題を解決した。著書に『親が変われば子どももかわる』講談社・『母さんの親ごころ・父さんの底ぢから』新潮社・など多数。テレビ出演多数。
http://www.mental-care.org/
http://www.nihonkateikyoikusaiseikiko.com/index.htm
だいぶ昔の登校拒否は、学校の先生が迎えに行くと、先生に連れられて登校した。(教師の威厳があったのかもしれない。)
ちょっと前は、学校の先生が迎えに行くと、部屋から出てこなくなった。(強制的に学校に連れて行かれるのを嫌がったのかもしれない。)
今の不登校(名前が登校拒否から不登校という言い方に変わった)は、学校の先生が家に行くと、出てくるが、学校に行こうとしない。(無理やり連れて行こうとすると、体罰だとか、人権だとか言うのかもしれない。)
これは、時代の変遷かな。
メンタルケアの現場より
10年ほど遡って考えますと、その頃の問題を持つ子どもは人並みのことができない自分に引け目を感じて、親や兄弟は然ることながら周囲も気を遣い、小さくなって生活していたものでした。その様は大人から見たら実に痛々しいものがあって、嫌でも親心が沸いてくる子どもらしい姿でした。ですから、私のメンタルケアには「2時間メンタル」と言って、2時間で子どもの問題にピリオドを打つメンタルケアがありました。メンタルケアの翌日から、遅刻、早退、欠席、保健室登校一切なしで、確実に不登校が直ってしまうといった特別な私だけの手法です。対象となる子どもは中学生なら半年以内の不登校の問題で、小学生の不登校なら全ての問題が当てが嵌まりました。まずメンタルケア当日の午前中には必ず学校訪問をして、担任を含む二人以上の教師(校長や教頭)に面会を依頼しました。
@親の報告を鵜呑みにせず、的確な家族の問題を把握してより良いメンタルケアを実施するため。A翌日から登校したら、決して特別扱いはしないでほしいと協力を求めるため。この二点を学校側より協力を戴けるとクリアしたら、いよいよ不登校生の居る場所へと直行します。ここで面白い事は、不登校のすべての子どもが私を確認もしないうちからギャーギャー泣き喚き、私の前に決して座れないということ。平均30分以上、長くて1時間程かかって親子でバトルを繰り返し、ようやく私の前に正座する幼稚性には呆気に取られて驚くばかりでした。ただ、この親子間のバトルによって、問題の子どもは「両親は今日一つになって問題解決をするという決断をしている」という意志が伝わるという効果があり、座った時点で全ての子どもが静粛な態度になっていた事も確かです。
子どもが正座して座った時、私は開口一番「学校は好きですか?」と聞きますが、大方「嫌いです」と返ってきたものでした。「それなら私の寮にお出で」と親と密着していた子をにこやかに誘います。@電気も水道もない(不便と暗い事を嫌う)Aみんなで糞尿を使って野菜作り(不潔を毛嫌い)B風呂は順番に入ってシャワーなどない(不潔を毛嫌い)C夏は部屋の中で昆虫採集ができる(虫が恐い)私の経営する長田寮は地下鉄5分の大学が建ち並ぶ名古屋市の八事地区にある3階建てのビルです。無論シャワーや電気水道など完備ですが、問題を持つ子どもの苦手な共通点( )内を衝いている訳です。
これだけで不登校は驚くほど直っていましたが、五年ほど前よりこの手法を完全に廃止しました。心理学によって、子どもも親も問題解決に関してすっかりひ弱に陥って危険だったからです。社会の大人の協力は無くなり「そこに人権はあるのか」など潰されて帰る事も年々多くなって来たのは残念なところです。問題の家族には当たり障りなく無難な対応は、どうやら一般化されてしましました。
しかし、長田寮とメンタルケアにピリオドを打つ決意だった私も、友人や助けた親達から「あなたがやらねば誰がやる。逃げるな」と活を入れられ、死ぬまで昔ながらの子育てで問題の子どもを社会や学校へ戻そうと決意致しました。
長男もやる気で、現場のメンタルケアの経験に心理学を入れたら恐いものナシと夜は寮、昼は現在寮からすぐの大学の心理学部に通っています。
部屋で塞ぎ込んでいた私の生徒は、人も羨む国立や私立の大学に合格していきました。社長になったヤンキーも数知れません。先日は遂に、牧場で立ち直った不登校生徒の調教した馬が、阪神競馬場のGIで優勝しました。この実話を、次の東京ビッグサイトでお話したいと思っています。