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樋口 雅子

明治図書出版 編集長

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自分の“名前” [2010年07月12日(月) ]
             

 

「“まえがき”にも、“あとがき”にも何の謝辞もない。だから、ちょっと違うんじゃないか、っていってやった」
「じゃあ、自分の名前を入れるよう、ライターに要求したって訳ですか」
「あなたの名前を入れると逆にご迷惑をかけるかもしれないと思って入れなかったけどーなんて言い訳していたけど、校正刷りで入れてきた…」

だいぶ昔、某、先輩から聞いた話です。
「わたしは、“まえがき”や、“あとがき”に自分の名前が載っているかどうかなど、ほとんど何の興味もないんだけど…」
と同業の“同姓の友人”に告げると、
「ウチでもそう。男性編集者って、仕事そのものより、自分自身が大好きだから、自分の存在の印、名前が載っているかどうかに異常に関心があるようよ」
という内輪話に発展しました。
話の発端は、「社会科教育」誌で、「歴史用語の問題」を特集したいと、網野善彦先生の著作を積読の山から引きずりだして読んだものの中の、“あとがき”に登場してくる編集者の存在感に、圧倒されたので、つい電話しちゃった?からでした。
でも。
網野著のように、あれだけのことをして初めて、登場してくるのが、編集者ってものでしょうから、うち等は未来永劫に“ありえない”と、妙なところで意見が一致しました。
それにしても。
網野著で、私の名前、「雅」について触れている“大当たり部分”を発見しました。
西日本では、“あの男はがいな奴だ”といえば、“強情でわがままな奴”という意味だそうですが、その“がいな奴”のガイは、雅意という中世のことばにたどり着くのだそうです。(東日本では、“がいな奴”という表現は聞いたこともありませんでした。事実、こうしてPCを打っていても、“がいな”に赤線が登場していますもの)
そして。
雅意の“雅”という文字は「もとより」「本来」などという意味が含まれているので、雅意の本来の意味は、<普段から持っている気持ち>だったのですが、それが、「思い立った心のままに」の意で使われるようになり、さらに「自分勝手な考え」「勝手気まま」などの意味に転化していったーのだそうです。
たしかに、雅がつく名前の持ち主である私も、「思い立った心のままに」行動派。。。
やっぱり、名がタイを表しているんじゃないのーでしょうか。
なお。
これから、雅意精神で、
<百姓イコール農民>だなんて、刷り込んだ浅薄な歴史教科書用語を、何とかして欲しいキャンペーンを張って行くつもりです。


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